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空は分厚い雲に覆われていた。何かの予兆のようでもあり、あるいは不幸を孕んでいるようでもあった。上空で雲は刻一刻と形を変えていくが、切れ目から光が見えることはなく、どこまでも続いている。午前中ずっと雨が降っていた。アスファルトには巨大な水たまりができ、吹く風は季節が冬に戻ったかのような冷たさだった。古びたガードレール沿いには雑草が生い茂り、舞台に無言のまま立ち尽くすだけのセリフをもらえなかった見習い役者のように見える。ガードレールが続く先に幼稚園の正門があり、お迎えの時間のようだった。次々と、子を連れた親たちが歩いて出てきた。運悪くまた雨が振り始めた。各々が傘を広げ、歩道を進む。赤信号で立ち止まるため、ちょっとした混雑になっていた。歩道には旗を手にした誘導員。年配の男性でマスクで顔を覆っていた。信号が青になり、各々が歩いて行く。赤になると混雑が起こり、青になりそれは消え、赤になり、という光景が繰り返された。そんなものをもう飽きるほど見たという倦怠感はマスク越しでもわかった。

その道路の反対側は、白線がひかれただけの歩道だ。真っ赤な傘を広げた大柄な婦人が狭い歩道を歩いていた。そのとき、猫が一匹、草むらから飛び出してきた。突然の出来事に驚いた婦人が思わず声をあげ、咄嗟に車道側に飛び出してしまった。ちょうど通りかかった乗用車が怒りのクラクションを荒く鳴らす。婦人の脇を速度を上げて走り抜け、すでに赤信号になりかけていた交差点を超えていく。婦人はその様子を憮然とした表情で睨みつけた。猫は道路を素早く横断した。

「あ!猫!」と、一人の子は母の手をほどき、駆け出す。「猫!」 子がある距離まで近づいた瞬間に猫は弾けるように駆けていった。「走らないで!」と母が子に呼びかけたが、それが耳に届いたというよりも猫に追いつくことはできないと理解したことで、子は止まった。手のひらからこぼれ落ちる水のように猫は雑木林の中に消えていく。たしかにそこいたはずだが、あまりにも素早く消えてしまったその一部始終を子は目撃したのだ。数秒、立ち止まっていた後に、再び母のもとへ戻る。再び母の手を握ると言った。「猫いたよ」

 

 

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