今週のお題「鬼」
村。
執着する心を持たないのか、
鬼に変わることのない男がいた。
鬼は猛威をふるうと恐れられ、あるいは厄として疎まれた。
だだし、どういうものであれ、そういうものとしてそこにある。
村人のうちのいくらかは鬼になり、そのまま帰らない者もいたのだが、
その男は何年過ぎてもなることはなかった。
たいていのものはなんらかのときに鬼にかわるものだが。
さて、ならば幼い頃はどうだったのだろうといえば、
その男はほとんど一本調子で過ごしてきたようだった。
熱いとも冷たいともいわず、笑うことも悲しむこともないのではなかろうか、と隣人たちは不思議に思うとまではいかないが、
やはり変わり種とは思っていたはずだ。
が、男はそのことにも無頓着であった。
雨が降れば土は濡れ、風が吹けば砂が舞う。
男にとって、それは至極当たり前のものごとであるように。
朝に目を覚まし、畑仕事をし、昼に家で質素な食事を取り、
カゴを背負い森へ行き、日が沈む頃には帰ってきた。
夜はただ眠りにつく。
幼馴染たちが結婚する頃、その男にも見合い話があり、紹介された女と一緒に暮らし始めた。その女もまた、どこかに何かを残してきたまま、
とりあえずそのまま暮らしているような目をしていた。
なぜ二人は共に暮らし始めたのだろうと、
そんな問いかけすらなされない。
二人はそれに気を留めたりはしなかった。
しばらくして子が生まれると、すくすくと育ち、
あっという間に大きくなった。
歳月は表情を持たないものだがそれは二人の暮らしにどこかしら似ていた。
ただ子の背丈が育っていった。
あるとき、村でいつもより多く鬼がでて、
畑が荒らされ、戸が蹴破られ、どこかの娘が連れ去られた。
村の住民はそこまで気にしなかったが、
和尚のもとへ報告はした。
・・・・・
村の寄り合い所から寺への帰り道。
和尚はあの男が妻と子と歩く姿を見かけ、
畑からの帰り道だろうか、と眺めつつ、
欲するものを手繰り寄せることができた感触を得たことに気づいた。